トロイ牧場の決闘

 というわけで、サルトルエウリピデスの『トロイアの女たち』と同じ、トロイア戦争を題材とした映画『トロイ』を見ました。ピピさんのレビューで「大画面で観ること」と書いてあったにもかかわらず、DVDを買ってきて、パソコンモニターの小画面で観ました。……たしかに、戦闘シーンなどのスペクタクル部分以外、ほとんど観るべきところのない映画でしたね。てことは、小画面で見たら良いところは何も残らないではないですか。いや、しかし、DVDで観るメリットはあります。早送りしながら観ることができるからです*1。というわけで、2時間43分の大作ですが、実質視聴時間はその半分もみたないのではなかろうか。時間の無駄が最小限に押さえられました。て、余計買う必要はなかったなあ(レンタルで充分)。
 のっけからボロクソいってしまいましたが……。まあ、これは、最初から古代戦争スペクタクル娯楽映画をつくろうとしてできた映画なのだから、こんなものか、という気もします。たしかに、超リアルな戦闘シーンはすごい迫力です。空撮のような超俯瞰で撮られた、ものすごい数の歩兵たちの激突シーン、またハンディカメラで撮影された、臨場感あふれる一騎打ちのシーンとか。
 ただ、娯楽映画としても、全体としてはいまいち盛り上がりに欠ける映画だったように思います。この映画は、クレジットによると、ホメロスの『イリアス』に「インスパイアされた」作品だ、と書いてあります。つまり、『イリアス』は、「原作」というわけではない。したがって、トロイア戦争の伝説と食い違っているところは多々あります(10年間の闘いがたった10日ほどの話になってしまってるとか、パリスが死なないとか、なんやかんや)。かといって、設定や登場人物だけ使って自由に物語を作り上げている、というわけでもない。なんだか、中途半端に伝説とつじつまを合わせようとしているから、西部劇のようなお話としては妙にわかりにくいし、かといって歴史物としては軽すぎて、できそこないの西部劇にしか見えない*2
 西部劇、といいましたが、なんというか、人物描写や演技がね、軽すぎるんですよ*3。はっきりいって、登場人物がみんな、王族に見えない。どっちかっていうとカウボーイとか酒場の娘、ですね。アガメムノンとメネラオスは荒くれ者の極悪兄弟。ヘレン(ヘレネ)は、酒場の女で、極悪弟の情婦。で、パリスは、ヘレンと駆け落ちした色男でひ弱なカウボーイ。怒り狂った極悪弟とともに、もともとパリスのいるトロイ牧場をねらっていた極悪兄アガメムノンはトロイ牧場になぐり込みをかける。パリスの兄ヘクター(ヘクトル)は、トロイ牧場をまもるために戦う。アキレスは、メネラオスに雇われる流れ者のガンマン。あれれ?こう書くとなんか面白そうにも見えるな……うーん、これから観る人は、そのつもりで、『トロイ牧場の決闘』だと思いながら観たら、それなりに面白いかもしれないですよ。
 というわけで、神々も参加した壮大な「戦争」であるはずのトロイア戦争が、単なる西部の田舎町での「抗争」にしか見えない。だいたい、冒頭の、メネラオスの「屋敷」(にしか見えないよ……)の二階での、ヘレンとパリスの密会シーンでしらけました。興奮したヘレネがいきなりパイを見せて、そのままパリスとムッチュぶちゅぶちゅ。……馬鹿じゃないの。吹き替え版で観たのですが、どうでもいいのですが、ああいうとき吹き替えのブチュ音はどうやって録っているんだろう。まさか声優がほんとにブチュブチュするわけないと思うけど、録音の様子を想像すると悲しくなります。
 まあそれはいいとして……。しかし、トロイア戦争が、西部の抗争と大きく違うところがあります。それは、牧場の抗争なら、犠牲となるのは、当事者のカウボーイと、せいぜい地丹くん、じゃない下っ端の手下とかですが、「戦争」の場合、若旦那の色恋ブチュブチュのために犠牲となるのは、何千人、何万人という兵士たちです。そして、アメリカ産色恋ブチュブチュありの「戦争映画」のために働くのは……?
 DVD特典映像には、メイキング映像があるのですが、それによると、トロイアの浜のロケ地は、メキシコの海岸*4。その浜で戦闘を繰り広げる兵士たち役のエキストラは、総勢800人。そしてその内訳は、ブルガリア人が300人、メキシコ人が500人、だとか……*5アメリカ人スタッフは、3週間かけて、彼らを兵士として「訓練」したそうです。演出の様子を映した映像がありました。アメリカ人軍曹、じゃない助監督が、「バルバロイ」の兵士たちに指令を出します。すると、横にいる通訳が、それをスペイン語(とブルガリア語)に訳して、拡声器で「バルバロイ」たちに伝えるわけです。助監督の厳しい指令が飛び交います。「もっと力強く 攻撃的になれ!」「君が殺すんだ もっと攻撃的に 怒りを持ち続けろ!」「気を付け! よし いいぞ」
 帝国主義戦争を描いた映画が、まさに帝国主義的に作られていた、というのはなんかブラックジョークというか。まあ、こんなもんでしょうが。
 というわけで、次は、同じくトロイア戦争を舞台にした30年前の作品、以前言ったミカエル・カコヤニス監督の『トロイアの女たち』について書きます。同じアメリカで作られた映画なんですが、まったく違うんですよね。

*1:私よくこういうことやります。映画ファンのみなさんには怒られそうですが

*2:戦闘シーンは「リアル」だったと書きましたが、その「リアル」に対する考え方も中途半端なんです。DVD特典映像を見ると、セットや衣装はいろいろな資料を調べてかなりリアルに作っているのだ、といいながら、当時の建物は意外と低く3メートルを超えるものがなかったが、「視覚効果をねらって」12メートルのものを作った、などと言っていたり。

*3:もっとも、トロイアの老王プリアモスを演じたピーター・オトゥール、それからアキレスの母テティスを演じたジュリー・クリスティは、さすがの存在感。王族の気品が演技に現れていた。

*4:環境を破壊しないように気を使って、ウミガメを別の場所にうつした、とか得意げに言ってるのが白々しい。

*5:メキシコ人は現地調達の意味もあるでしょうが、ブルガリア人は、明らかに人件費節約でしょう。