モーターサイクル・ダイアリーズ

 所持金もわずか、装備も貧弱、予備知識も乏しい……23歳の若者の「自分探し」の旅は、あまりにも無謀で軽率な旅だったと思います。



 アルゼンチンの裕福な家庭に生まれ、上流階級の恋人を持ち、喘息もちの医学生であるその若者の名は、エルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナ。あだ名は「フーセル(激しい心)」。23歳のとき、彼は、6歳上の悪友アルベルトと、オンボロバイク・ポデローサ号にまたがって、南米縦断の旅に出発する。何度も危険な目にあいながら、南米各地での自然と人間とのふれあいを通じて、彼は確かに「自分」を見つけた。旅を終え、医大を卒業した彼は、メキシコでカストロと出会う。キューバに渡った彼らは、ゲリラ戦を闘いキューバ革命を成功させる。キューバ政府の要職を歴任した後、彼は国際的な革命を組織するために国外に渡り、各国でゲリラ闘争を指揮する。1967年10月8日、ボリビアのバジェグランデ村の近くで、CIAの工作により捕えられた彼は、その翌日に処刑された。享年39歳。というわけで、あまりネタバレはしていないつもりですが、ちょっと感想を。(公式サイト



 この映画は、若きゲバラの旅を、彼の日記に基づいて映画化したものです。観たばかりなので評価が上がる、という側面はあるかもしれませんが、なかなかいい映画だったと思います。特に、「ラテンアメリカ+恋と革命」ということで、私はどうしても「フリーダ」と比較してしまいました(「フリーダ」の出演者も出ています)*1。二つの映画を比べた場合、まず第一に、セリフがスペイン語というだけで「モーターサイクル」の勝ちは決まったようなものだと思います。「フリーダ」は、メキシコ人俳優が演じているにもかかわらずセリフが英語でしたからね……。「モーターサイクル」は、プロデュースがロバート・レッドフォード*2の、アメリカ=イギリス合作映画であるにもかかわらず、俳優はすべて役柄と同国人をキャスティング(監督はブラジル人、脚本はプエルトリコ人です)。アルゼンチン人のゲバラだけは例外的にメキシコ人ガエル・ガルシア・ベルナルが演じたが、彼は特訓の結果アルゼンチン訛のスペイン語を完璧にマスター*3という凝りよう。もちろん、リアリズムが偉い、ということではないですが……。ちなみに、あらま美形ガエル君は、ゲバラの伝記をすべて読み、ゲバラのインタビュー映像を見て役作りに励み、さらには「ゲバラが当時読みふけっていたフランス実存主義、ラテン・アメリカの社会理論などの思想書まで読み進めた*4」そうです。リアリズムという言葉を使いましたが、この映画は、50年前が舞台であるにもかかわらず、セットや、もちろんCGなどまったく使わず、ドキュメンタリーのような味わいを出しています。それから、ストーリーやセリフが、「フリーダ」の場合、詰め込みすぎということもあり、いささか薄っぺらなものになっていました。その点、舞台を限定しているとはいえ、「モーターサイクル」はよくできていた。「原作」とも言えるゲバラの実際の手記も読みましたが

モーターサイクル・ダイアリーズ (角川文庫)

モーターサイクル・ダイアリーズ (角川文庫)

これを読むと、実際のエピソードに創作もうまく交えていて、脚本がよくできていると思いました。例えば、「恋と革命」の「恋」の部分に関しても、「フリーダ」はではほとんど内面的なものが描かれず、無意味なセックスシーンの連続にいささかうんざりしたのですが、「モーターサイクル」の方はそんなことはない。「革命」の部分、というか、主人公ゲバラが虐げられた人々の現実に接して次第にその「思想」を作り上げていく、という暗示も、抑制された表現であるだけにかえって説得力を増していました。というわけで、逆に、上品すぎる、甘い、という批判はあるでしょう。が、まあ後味もよく、エンターテインメント性もあって、なかなかよい映画ではないか、と思いました。映像もよかった。南米各国の雄大な自然が、本当に美しく、悲しい*5。音楽もよい。ほめすぎかな。
 蛇足1:プログラムに載っていた1977年生まれの石川直樹氏のエッセイ、冒頭から「エルネスト・チェ・ゲバラ、彼のことを知れば知るほど、自分と重なる部分を発見して、どんどん引き込まれていく」と書けてしまうところが、若いっていいなあと感じさせる、などという嫌みを書くようになったことこそがオヤジになった証拠なわけですが。ちなみに私は、もうすぐゲバラが死んだのと同じ年齢になってしまうのですが……彼との共通点は持病が喘息ということぐらいです。それでもちょっと嬉しかったりして。ガエル君の喘息の演技は、完璧とは言わないまでも、かなりいい線行ってました。
 蛇足2:それから、会場で売っていたゲバラポストカード5枚セット、キューバを訪れたサルトル、ボーヴォアールと軍服姿で語り合うゲバラの写真が入っていたので、つい買ってしまいました。サルトルゲバラハバナ産の葉巻をくゆらせています。
 蛇足3:ここまで書いた後に、Wikipediaゲバラの項目
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BB%E3%82%B2%E3%83%90%E3%83%A9
経由で、粉川哲夫氏によるこの映画のレビューを読みました。
http://cinema.translocal.jp/2004-07.html#2004-07-05
さすがに、私の感想などとはレベルが違います。以下の所では、やはりこの映画の「甘さ」を指摘していますね(あ、以下の箇所は微妙にネタバレを含んでいますのでご注意)。

◆上でわたしは、「心底からナイーブで心優しいゲバラ」と書いたが、それは、ゲバラが好きな人間が見る(見ようとする)「ゲバラ」であって、生身のゲバラそのものではない。現実のゲバラは、そんなやわではなかった。そもそも、「アメリカ帝国主義」と闘って革命をなしとげたとしても、政治権力を打ち建てるような人間は、というよりも、そもそも政治に関わることができる人間は、どこかに冷徹な(そして冷酷にもなりえる)精神をもっている。映画にしても小説にしても、「伝記」が形式としてダメなのは、人間の多面性を多面的なまま描くことができないからだ。それらは、人を「善人」にしてしまうか、「悪人」にしてしまうかのどちらかしか、効果的な表現方法を知らない。
◆その点で、おそらくこの映画が大いに参考にしたであろうローレンス・エルマンのTVドキュメンタリー『チェ・ゲバラ モーターサイクル旅行記』(Tracing Che/2002/Lawrence Elman)のほうが、生身のゲバラに迫っている。作りかた自体が面白い。ローレンスは、4000ドルも出して、ゲバラが乗ったのと同じ型のバイクを見つけ出して買い、それに乗ってゲバラたちの足跡をたどりながら、ドキュメンタリーを作った。ナレーションは、彼自身。この映画の最後に姿をあらわすアルベルト・グラナード本人のインタヴューもある。冒頭、ローレンスは、ずっとゲバラに惹かれてきたのだが、同時に、ゲバラが、キューバ革命ののち、反革命分子600人の処刑の責任者でもあったことを知っている。詩人であり、思想家であり、医者であり、革命家であり、ゲリラ兵士でもあり、キューバ国立銀行総裁、工業相として閣僚でもあり、そして1児の父親でもあったゲバラ。そして、その神話化された相貌と生身の相貌。ローレンスの関心は、こうしたゲバラの多面性に関心をもち、このドキュメンタリーを作った。この映画のように、ゲバラのもう一つの神話と夢を作るのではなく、ゲバラをよりゆたかな多面性のなかに解き放つこと。

 そう言われると、そのTVドキュメンタリーの方も観たくなりますね。

*1:「フリーダ」の感想は http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/6142/0309.html#0916 で書きました

*2:そう思って考えてみれば、この映画、「明日に向かって撃て!」に似ている。まあ当然、バイクつながりで「イージーライダー」にも似ていますね。

*3:といっても私には完璧だったのかどうかもちろんまったくわかりませんが。

*4:映画プログラム=「ガーデンシネマ・エクスプレス」111号

*5:また、女子の方々は、ラテンのブラピと言われるガエル様の美しさも堪能できるのではないでしょうか。といっても、演技が光っていたのは、むしろ助演のアルベルト役のロドリゴ・デ・ラ・セルナの方だと思いますが。